いってらっしゃいと言うこと

昔、母が言っていた。

「どんなにイライラしていても、ケンカしていても、朝出かけるときには必ず"いってらっしゃい"と言うことにしてるの」

当たり前すぎて、気づかなかった。

そうだ。どんな朝でも、家の玄関を出るときは、"いつもの母"が見送ってくれていた。

相手の機嫌も、自分の機嫌すら関係なく、"朝は家族を気持ちよく見送る"と決めていた母。

私たちは自分の機嫌で、いってきますと言わずに出ていった日もあったのにね。

見送られているという日常に、大きな安心をもらっていたんだ。私には帰る場所があるという、当たり前すぎること。

だからこそ、思い切って飛び出すことができた。いつでも帰ってきなさいと、待っていてくれたから。

見送ることや待っていることは、静かで、地味で、目立たなくて、気付かれもしないかもしれない。
でもそれはとても、とても尊いことだと思う。

何千回も母に見送られてきた積み重ねは、私の一部になって、今も支えてくれているから。





なんでもない日にいらっしゃい

好きなこと、大切なことの記録

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